英語教師のつぶやき。

英語を学び、英語を教える日々。気が付いたこと、気になったことを綴ります。

英語民間試験導入延期

ネットにはそれぞれの立場の人のそれぞれの声が溢れている。

 

見苦しいなと思うのは、同業者たちのbinaryな捉え方、それに基づいて一方向にどんどん加速していく意見。

 

「政府も、民間試験導入に反対していた人たちも、日本人の英語に"話す""書く"はいらないと思ってる。日本人の低い英語力をいつまで放っておくつもりか!英語教育が変わって行くと、従来通りのやり方ではやれなくなって、自分たちの職が危うくなるから、現状の時代遅れの教育のままでいて欲しいんだろう。大人たちに煽られて、抗議活動した高校生は愚かだ。それでますます世界と差が開いていくのに、自業自得だ」

 

これらは全てSNSにて公開設定されている場でのやり取りだ。

 

それぞれの思いや立場があって行動していることなのに、「こちら側」でない人間は全て「あちら側」

 

何より、教師でありながら、自分なりの思いを持って行動した高校生を、下手したらその本人や周囲の人が読める場でこんな風に叩くとは、ちょっと頭に血が上りすぎて我を見失っていないか?"大人たちに煽られて、、"とまで言ってしまっては、グレタさんを叩く人たちともはや同類では?

 

Factfulnessを読んでいる。著者のHans Roskingは繰り返し、世界を二つに分けて見ること、平均値で判断することの危険を説いている。各構成要素は、dividedなのではない、spreadしてるのだと。

 

怒るのも批判するのも非難するのも、それを表明するのも結構。でも、そろそろ目の前にいる生徒のために、そして日本の英語教育を向上させるために、自分にできることをやりましょう。批判するだけでなく、代案を示す。非難している相手に、自分のやり方を提示して、良さを分かってもらう。やれること、いっぱいありませんか?

 

とりあえず、私は、自分の力をつけます。